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清木場俊介のアルバム『REBORN』。生まれ変わった、再生したという意味を持つタイトルが掲げられたこのアルバムは、「これまで抱えてきたものが全てクリアになった」というある出来事を経て完成したそうだ。制作の過程をうかがいながら浮き彫りになってきた、現在のリアルな心境や音楽に対する思い。清木場俊介が、今、唄う意味とは──。
Photo:竹中圭樹(D-CORD) Text:山田邦子

──今回はいつ頃から制作を始めてたんですか?



「取り掛かったのは去年の5月とかかな。実は、いつ発売するとかも決めずに走り出したんですよ。その前までは“何で1年に1枚アルバム出さなきゃいけないんだ”みたいな話をしてたのに、急にアルバムのレコーディングしたくなっちゃって(笑)。自分としては今(活動の)メインがライブにあるから、ライブでしっかり唄を届けていきたいっていうのがあったんだけど、ツアーが終わってふとした時に、“次のメッセージを届けなきゃ”と思っちゃったんですよね。スタートは、ただのわがままだったんです(笑)」



──じゃあ、そこから一気に。

「いや、曲はめちゃめちゃできるんだけど“これだ”っていうのがなくて。レコード会社的には“せっかく録ったんだから、この中からまずシングルを出しましょう”って言うんだけど、今自分の気持ちとリンクしてないものを出して、責任がないままこういう取材で語ったって聴く方も分かるだろうし、宣伝しようって気にもならないじゃないですか。曲も歌詞も書けるから書いちゃうけど、何か弱くて。それで結局、一度中断したんです。もうね、俺センスないわって思うくらい落ちてたんで。書けるけど響かないっていう、書き手としては大問題じゃないですか」

──想像を絶します。

「で、シングルの締め切りの日ですよ。押さえていたスタジオもミュージシャンも全部バラす(キャンセルする)ことになって、申し訳なかったなって家で反省してたら、あのATSUSHI(EXILE ATSUSHI)の曲が書けたんです。これだ! と思って夜中に“できちゃいました。もう1回やらせてください!”ってスタッフに電話して音源を送ったんですよ。アコギとボーカルしか入ってないやつ。僕の中のイメージとしては、そこからですね。一気に動き出したのは」

──それが、2月にシングルとしてリリースされた『友へ』ですね。



「だけどあの曲も、本当はATSUSHIの東京ドーム(※2016年8月28日の公演)に合わせて出すみたいな話が出てたんですよ。でも俺はそういうつもりで書いたものではなかったから、絶対にイヤだって言ったんです。いやらしいじゃないですか、そんなの。それを受け入れてもらえないんだったら、もうボツにしてもらってかまわないからって言ったんです。それくらいの気持ちなんですって」

──このアルバムにとっても、『友へ』があるのとないのとでは全然見え方が違いますね。

「そうなんです。ここで自分の書きたいものが見えたので、それまで作ってたものを半分くらい削ったんですよね。プリプロしてた曲は何10曲ってあったんだけど、ほとんどひっくり返して新しく作ったものが今回収録されてます。だって、レコーディング中も新しい曲を作ってましたからね(笑)。過去に言いたかったものと、『友へ』ができてから言いたいことが違ってきたから」

──個人的には、8曲目の『友へ』以降の曲にそういった思いが強く反映されてるように感じました。今唄うべきこと、その中でも特に本音があるんじゃないかなと。

「確かに。もちろん1曲1曲に思い入れはあるんですけど、アルバムのトータルとしては──僕は前作の『FACT』(※2015年9月リリース)でやり尽くしたので、その続きになるようなものは書きたくなかったんです。あれは僕の35(歳)ぐらいまでのことを書いていて、『FACT』は『FACT』で完結してるから。でも今は、40(歳)に向かって書かなきゃいけないことがあると思ったんです」


※続きは月刊Songs2017年4月号をご覧ください。

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